【百人一首】現代風訳から作者紹介・覚え方まで! 6~10番歌

 

続けて、百人一首の6~10番歌の紹介です。

 

6.中納言家持

【読み】

かささぎの わたせるはしに おくしもの
しろきをみれば よぞふけにける

 

詠み人は中納言家持(やかもち)

七夕伝説にちなみ、霜を見て夜更け詠んでいる歌です。

歌の意味

【現代語訳】

「鵲(かささぎ)が渡したという、あの伝説を思わせるようなこの宮中の階段に、真っ白な霜がおりている。その霜の白さを見ると、夜もかなり更けたようだなぁ」

 

【わかりやすい現代風訳】

「階段に霜ついとるがな~夜も更けてるはずやわ~」

言葉の意味

【鵲の渡せる橋】

中国の伝説では、七月七日の夜、鵲の群れが天の川に翼を広げて橋を作り、織女を向こう岸まで渡したと言う。

宮中を天上に例えて言うところから、宮中の御殿に渡した階段を言うようになったもの。

【おく霜の】

霜がおりることを、「おく」と言う。

【白きを見れば】

白くさえた色を見ると、の意。

詠み人紹介

6番歌の詠み人は中納言家持でした。

百人一首では中納言となっていますが、大伴(おおともの)家持と言えば案外知っている名前かもしれません。

3番歌の柿本人麻呂や4番歌の山部赤人、5番歌の猿丸大夫、9番歌の小野小町らと共に、平安時代に選ばれた和歌の名人、三十六歌仙の一人です。

大伴家持は、山部赤人、柿本人麻呂を「山柿(さんし)」と呼んで、大変尊敬していたと言われています。

 

大伴氏は、元々武人として朝廷に仕える家柄でしたが、家持の時代には藤原氏の勢力に押されて衰える一方でした。

名門・大伴氏の子息として、家持はなんとか家名を上げることを願いましたが望みは果たせず、一生の大半を地方役人として過ごしました。

しかし歌人としてはとても優秀で、現在残っている日本最古の歌集「万葉集」には、家持の歌が一番多く残っておち、この万葉集をまとめた中心人物が、この家持だったのではと言われています。

…が、この歌は万葉集に残されているわけではなく、家持の歌ではないとも言われています

豆知識

百人一首の中で詠まれた動物は、この歌の「鵲(かささぎ)」も含め、「鹿」「ほととぎす」「千鳥」「山鳥」「きりぎりす」の六種となっています。

覚え方

【決まり字】

さぎの わたせるはしに おくしもの

きをみれば よぞふけにける

 

【覚え方・語呂合わせ】

が しい!

 

7.安倍仲麿

【読み】

あまのはら ふりさけみれば かすがなる
みかさのやまに いでしつきかも

 

7番歌の詠み人は安倍仲麿(あべのなかまろ)

異国の地で「故郷が懐かしい」と詠んだ歌です。

歌の意味

【現代語訳】

「大空をはるかに見渡すと、今しも月が美しくのぼっている。この月は、故郷の春日にある、三笠の山にのぼったあの懐かしい月なのだろう」

 

【わかりやすい現代風訳】

「あの月は故郷で見た月と同じもんや!」

言葉の意味

【天の原】

広々とした大空、の意。

【ふりさけ見れば】

遠く、はるかに見渡すこと。

【春日なる】

春日にある、の意。

春日は、現在の奈良公園あたりの地名。

【三笠の山に】

三笠の山は、奈良市の東方、高円山(たかまどやま)と若草山の間にある山。

ふもとに春日大社がある。

詠み人紹介

7番歌の詠み人は安倍仲麿でした。

時は奈良時代、16歳で遣唐留学生として唐に渡り、科挙(官僚登用試験)に合格、役人として玄宗皇帝に仕えながら、色々な学問を身につけました。
(唐の玄宗皇帝は、世界三大美女の一人、楊貴妃を愛したことで有名です)

何度か日本から何度目かの遣唐使もやって来ましたが仲麿は帰国せず、結局54歳まで唐の朝廷に仕えていましたが、遣唐留学生として初めて唐の地を踏んだ時に一緒に来ていた吉備真備(きびのまきび)が再び遣唐使として唐にやって来て、二人は再会を喜びます。

仲麿は一度日本へ帰ることを決意、大勢の友人が集まりお別れの会を開いてくれました。

その時に詠んだのがこの歌で、百首の中でこの歌だけが、異国の地で詠まれたものです。

しかし、仲麿の乗った船は途中で嵐に遭って安南(ベトナム)まで押し流されてしまい、仲麿は再び唐の長安に戻って、唐の役人として一生を終えました。

仲麿は、ついに日本の地を踏むことができなかったのです。

豆知識

遣唐使とは、学問や文化の輸入のために、日本の朝廷から中国の唐代の朝廷に遣わされた、使者のことです。

覚え方

【決まり字】

あまはら ふりさけみれば かすがなる

さのやまに いでしつきかも

 

【覚え方・語呂合わせ】

ま(尼)の み

 

8.喜撰法師

【読み】

わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ
よをうぢやまと ひとはいふなり

 

8番歌の詠み人は喜撰法師(きせんほうし)

「私の気持ちはわかるまい」と自分の心を詠んだ歌です。

歌の意味

【現代語訳】

「私の住まいは都の東南宇治山にあって、こうして心静かに暮らしているわけだが、世間の人は、この山を私が世を嫌って隠れ住んでいる宇治山と言っているそうだ」

 

【わかりやすい現代風訳】

「世間がなんと言おうと、わしは一人が好きで宇治山に住んでんねん。ほっとけや」

言葉の意味

【都のたつみ】

京都の東南。

【しかぞ住む】

このように心静かに暮らしている、の意。

【世をうぢ山と】

世の中を憂し(嫌だ)と思って住む宇治山と、の意。

「う」は「憂し」と「宇(治)」の掛詞。

「宇治山」は、宇治市東方の喜撰山のこと。

詠み人紹介

8番歌の詠み人は喜撰法師でした。

喜撰法師については記録がなさすぎて出自も不明の謎の人物で、この百人一首の歌を含め、二首しか残されていません。

とはいえ、喜撰法師は六歌仙の内の一人です。

六歌仙とは、平安時代初期、紀貫之たちが「古今和歌集」をまとめた時に、少し前の時代に活躍した和歌の名人を選び、これを六歌仙と呼びました。
(選ばれたとはいえ、紀貫之自身も「喜撰法師は残された歌が少ないからよくわからん」と評しているので、なぜ喜撰法師が六歌仙に選ばれたか、その選出基準は不明です)

伝承では、喜撰法師はある日突然仙人になって雲の上へ飛んで行ったということで、そんな伝説ができるほどに謎の多い人物だったということがわかります。

豆知識

たつみ(巽)は東南、うしとら(艮)を東北、ひつじさる(坤)を西南、いぬい(乾)を西北というように、昔は干支を使って方角や時刻を表していました。

覚え方

【決まり字】

わがほは みやこのたつみ しかぞすむ

よをぢやまと ひとはいふなり

 

【覚え方・語呂合わせ】

わが(は)(吾輩) よをぢ(用事)あんねん

 

9.小野小町

【読み】

はなのいろは うつりにけりな いたづらに
わがみよにふる ながめせしまに

 

9番歌の詠み人は小野小町(おののこまち)

「若い頃が花だわ」と桜の花を見て詠んだ歌です。

歌の意味

【現代語訳】

「長雨が降り続いている間に、花の色は盛りを過ぎすっかり色あせてしまいました。思えば、私もこの花のように、恋の悩みなどの物思いをしている間にすっかり色あせて、年をとってしまいました」

 

【わかりやすい現代風訳】

「青春時代はとっくに終わってもうたなぁ、私もすっかりBBAやで」

言葉の意味

【花の色は】

桜の花の色は、の意。

自分の顔かたち、姿の美しさもたとえている。

【うつりにけりな】

色あせてしまいました、の意。

自分の美しさが衰えたことにもたとえている。

【いたづらに】

むなしく、の意。

【世に】

「世」は世の中と男女の仲、二つの意味に用いられている。

【ふる】

「(世に)経(ふ)る」と「(長雨が)降る」の掛詞。

「世にふる」は、月日を過ごす意味。

【ながめせしまに】

「ながめ」は、「長雨」と「眺め」の掛詞。

「長雨が降っている間に」「ぼんやり物思いにふけっている間に」の意。

詠み人紹介

百人一首の中でも有名な歌、9番歌の詠み人は小野小町でした。

8番歌の詠み人、喜撰法師と同様に六歌仙でもあり、更に、3番歌・柿本人麻呂、4番歌・山部赤人、5番歌・猿丸大夫、6番歌・中納言家持(大伴家持)らも選ばれている三十六歌仙の一人でもあります。

これら実績からわかるように、小野小町は平安時代を代表する女流歌人で、「古今和歌集」にも歌を残しています。

日本では絶世の美女ということで有名ですね。

残念ながら小野小町の絵は現存せず、後世に描かれた絵も大半が後ろ姿で、これは美人過ぎて描けないから、と言われています。

室町時代の能作者・世阿弥が創作した「百夜通い」では、小野小町に恋をする深草少将という人物が、小町に言われた通りに小町の邸宅に百夜通いをしようとするも、最後の百日目にとうとう雪の中で凍えて命を落としてしまったという話があり、美しい小町の恋愛歴を象徴する伝説として広く知られています。

ただし、小野小町の詳しい出自についてはよくわかっていません。

豆知識

美人のことを「〇〇小町」というのは、この小野小町から出てきたものです。

覚え方

【決まり字】

はないろは うつりにけりな いたづらに

わがみにふる ながめせしまに

 

【覚え方・語呂合わせ】

はな わがみ! 出でよ!

 

10.蝉丸

【読み】

これやこの ゆくもかへるも わかれては
しるもしらぬも あふさかのせき

 

10番歌の詠み人は蝉丸(せみまる)

「別れてはまた会う」と関所を通る人を詠んだ歌です。

歌の意味

【現代語訳】

「東国へ旅する人も都へ帰って来る人も、お互いに知っている人も知らない人も、別れてはまた会うと言う、これが逢坂の関なのだなぁ」

 

【わかりやすい現代風訳】

「ここが逢坂山の玄関口かいな」

言葉の意味

【これやこの】

これがまぁ、噂に聞く、の意。

「あふ坂の関」にかかる。

【別れては】

「あふ坂の関」の「逢ふ」にかかる。

【あふ坂の関】

山城の国(京都)と近江の国(滋賀)の国境になる、逢坂山にあった関所。

「あふ」は、地名の一部の「逢」と、人に「逢ふ」の掛詞。

昔の三関のひとつで、他のふたつは、鈴鹿の関(三重)と、不破の関(岐阜)。

詠み人紹介

10番歌の詠み人は蝉丸でした。

この人物も出自が不明で、平安時代前期(9世紀後半頃)の人だと言われていますが、詳しいことはよくわかっていません。

蝉丸は幾つか歌を残していて、百人一首に選ばれたこの歌は、盲で琵琶の名人である蝉丸が逢坂の関の近くに庵をつくって住んでおり、ある日ほとんど見えなくなった目で通りの様子を眺めながら、この歌を詠んだと言われています。

豆知識

濁音・半濁音が使われていないのは、百人一首の中ではこの歌だけです。

覚え方

【決まり字】

やこの ゆくもかへるも わかれては

もしらぬも あふさかのせき

 

【覚え方・語呂合わせ】

これ、 ししる

 

 

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16~20番歌は恋歌ばかりです。

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31~35番歌は古今集時代の名人ばかりです。

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