【百人一首】現代風訳から作者紹介・覚え方まで! 46~50番歌

 

百人一首、46~50番歌の紹介です。

 

46.曽禰好忠

【読み】

ゆらのとを わたるふなびと かぢをたえ
ゆくへもしらぬ こひのみちかな

 

詠み人は曽禰好忠(そねのよしただ)

「この先が心配だ」と不安な恋を詠んだです。

歌の意味

【現代語訳】

「由良の海峡をこぎ渡って行く船頭が、かいを失くしてどこへ流れて行くかもわからず波間を漂うように、わたしの恋の行く末もとても不安なものだ」

 

【わかりやすい現代風訳】

「あの子との関係がこの先どうなるか読めなくて、正直不安しかない」

言葉の意味

【由良の】

「由良」は、京都の由良川の河口あたりの海峡のこと。

【門を】

水門(みなと)、の意。

水流の出入りする瀬戸や海峡のこと。

【渡る舟人】

渡って行く船頭が、の意。

【かぢをたえ】

櫓やかいを失くして、の意。

「かぢ」は舟を漕ぐ道具で、櫓やかいのこと。いわゆる、船の舵ではない。

【ゆくえも知らぬ】

これから先、どうなっていくのかわからない、の意。

「ゆくへ」は「行く方」で、行く先、将来、前途のこと。

「知らぬ」はわからない。

【恋の道かな】

恋の将来が前途であることよ、の意。

詠み人紹介

46番歌の詠み人は、曽禰好忠でした。

現在の京都である丹後で「丹後掾(たんごのじょう)」と呼ばれる下級役人をしていた好忠は、「曾禰の丹後掾」だからなのか、「曾丹(そたん)」というあだ名で呼ばれていました。

このあだ名は決して好意的な意味ではなく、侮蔑の意味が込められていたので、好忠は怒ったり嘆いたりしたと言われています。

しかし自身も相当の変わり者だったらしく、円融院(第64代円融天皇の譲位後)が正月の歌会を開いた時、招かれてもいないのにぼろぼろの着物でやって来た挙句、強引に参加しようとしたので、襟首をつかまれて叩き出されたエピソードが残っています。

 

当時、好忠の歌は新し過ぎて受け入れられませんでしたが、彼の死後、ようやく評価されるようになりました。

豆知識

由良川(京都府宮津市)は、昔、日本海側から物資を輸送するための重要な水路でした。

覚え方

【決まり字】

のとを わたるふなびと かぢをたえ

へもしらぬ こひのみちかな

 

【覚え方・語呂合わせ】

ゆら ゆ

 

47.恵慶法師

【読み】

やえむぐら しげれるやどの さびしきに
ひとこそみえね あきはきにけり

 

詠み人は恵慶法師(えぎょうほうし)

「人は来なくなっても秋は必ず来る」と秋を詠んだです。

歌の意味

【現代語訳】

「幾重にも雑草が生い茂った寂しい住まいには誰一人訪ねてはこないが、ここにも秋だけはいつでも変わらずやって来ます」

 

【わかりやすい現代風訳】

「荒れ果てた廃墟には誰も来てくれへんけど、それでも秋はちゃんと来るで!」

言葉の意味

【八重むぐら】

幾重にも生い茂ったむぐら、の意。

「むぐら」はアカネ科のつる性の雑草(かなむぐらなど)で、至る所に生い茂る。

【宿の寂しさに】

寂しい住まいに、の意。

「宿」は家のことで、旅館ではない。

【人こそ見えね】

人は誰も訪ねてこないが、しかし…。の意。

【秋は来にけり】

人は来ないが、秋は来たなぁ、の意。

「は」は、他と区別する意味で、「秋」を「人」を区別したもの。

詠み人紹介

46番歌の詠み人は、恵慶法師でした。

平安時代中期の僧侶、歌人で、播磨の国(現在の兵庫県)の寺で、仏典の講義などをしていました。

「しのぶれど…」で有名な40番歌の平兼盛、48番歌の源重之安法法師らと、大変親しかったとも言われています。

 

百人一首のこの歌は、14番歌の河原左大臣が贅沢をして造った河原院という豪華なお屋敷に、河原院が建設されてから約100年後、恵慶法師が訪れた時に詠まれました。

恵慶法師が訪れた時には河原左大臣から四代目の孫の安法法師が住んでおり、屋敷はかなり荒れ果てていたそうです。

豆知識

紫式部は、この河原院を「源氏物語・夕顔の巻」の舞台にしました。

光源氏の愛する夕顔という女性が、河原院と思われるボロボロのあばら家で、妖怪に命を奪われるのです。

このように、物語の舞台に使われるほど、当時河原院はとても有名な場所だったのです。

覚え方

【決まり字】

むぐら しげれるやどの さびしきに

ひとこそえね あきはきにけり

 

【覚え方・語呂合わせ】

(八重)ちゃんは 人こそみ(見)えねぇ

 

48.源重之

【読み】

かぜをいたみ いわうつなみの おのれのみ
くだけてものを おもふころかな

 

詠み人は源重之(みなもとのしげゆき)

「ついに振られたか」と片思いの気持ちを詠んだです。

歌の意味

【現代語訳】

「あまりに風が激しいので、岩に打ち付ける波が自分だけに砕け散っているようです。岩の方はびくともしないのと同じように、あなたは冷たく平気でいられるのに私の心だけが砕け散るほどに恋の物思いに悩んでいます」

 

【わかりやすい現代風訳】

「君にメタクソに振られてしまい、岩に打ち付ける波でさえ砕けられるほど俺は豆腐メンタルになってるよ」

言葉の意味

【風をいたみ】

風が激しいので、の意。

【岩うつ波の】

岩にうち当たる波のように、の意。

【おのれのみ くだけて】

自分だけ、の意。

砕け散るのは、波であり、自分の心。「くだけ」は掛詞。

【物を思ふころかな】

恋の物思いに悩む今日この頃だよ、の意。

「物思ふ」は、恋の悩みの表現としてよく用いられる言い方。

詠み人紹介

48番歌の詠み人は、源重之でした。

47番歌の恵慶法師、51番歌の藤原実方朝臣と大変親しく、三十六歌仙にも選ばれている歌人です。

重之は、北は東北、南は九州にまで足を延ばした旅好きの歌人として知られています。

 

親友である51番歌の藤原実方と共に陸奥の国へ赴任し、その地で亡くなったと言われています。

豆知識

重之の子が陸奥で命を落とした時、恵慶法師がお見舞いの歌を送ったそうです。

覚え方

【決まり字】

かぜいたみ いわうつなみの おのれのみ

けてものを おもふころかな

 

【覚え方・語呂合わせ】

 くだ(砕)け!

 

49.大中臣能宣朝臣

【読み】

みかきもり ゑじのたくひの よるはもえ
ひるはきえつつ ものをこそおもへ

 

詠み人は大中臣能宣朝臣(おおなかとみのよしのぶあそん)

「日夜苦しんでいる」と恋の思いを詠んだです。

歌の意味

【現代語訳】

「宮中のご門をお守りする兵士の焚くかがり火が、夜は燃えて昼の間は消えているように、私の恋の炎も夜は激しく燃え上がり、昼には身も消え入らんばかりに日夜恋に思い悩んでいます」

 

【わかりやすい現代風訳】

「夜は恋心がメラメラ、昼は意気消沈」

言葉の意味

【みかきもり】

「御垣守」と書く。宮中の諸門を警護する人。

【衛士のたく火の】

衛士の焚くかがり火のように、の意。

「衛士」は、諸国から交代で宮中警護のために招集されてきた兵士。「御垣守である兵士」と考えれば良い。杖を持ち、夜は火を焚いて諸門を守るのが職務のひとつだった。

【夜は燃え 昼は消えつつ】

夜は燃えつつ、昼は消えつつ、の意。

「夜は燃え」は、火が燃えるのに思い焦がれる意味をかけている。「昼は消えつつ」も、火が消えるのに身も消え入る(生きた心地もしない)意味をかけている。

【物こそ思へ】

恋の物思いをすることだ、の意。

詠み人紹介

49番歌の詠み人は、大中臣能宣朝臣でした。

平安時代中期を代表する歌人で、三十六歌仙の一人です。

能宣の家は伊勢神宮の祭主(神官の長)を勤めていて、能宣の父、大中臣頼基も優れた歌人で三十六歌仙に選ばれており、孫は61番歌の女流歌人、伊勢大輔です。

 

能宣は、「後撰和歌集」を編纂した撰者の一人です。

951年、村上天皇(第62代天皇)の命で、五人の歌人たちが宮中の昭陽舎(しょうようしゃ)にこもってまとめました。

この昭陽舎の庭先に梨の木があったので、能宣の他、紀時文(35番歌の紀貫之の子)、坂上望城(三十六歌仙の一人である31番歌の坂上是則の子)、源順三十六歌仙の一人)、42番歌の三十六歌仙の一人である清原元輔の五人の歌人たちは、「梨壺の五人」と呼ばれています。

能宣と清原元輔は、この五人の中でも特に優れていたと言われています。

豆知識

かがり火は、夜が白み始めると消されるものでした。

覚え方

【決まり字】

みかもり ゑじのたくひの よるはもえ

はきえつつ ものをこそおもへ

 

【覚え方・語呂合わせ】

みかもり(御垣守)も ひる(昼)は消えるよ

 

50.藤原義孝

【読み】

きみがため おしからざりし いのちさへ
ながくもがなと おもひけるかな

 

詠み人は藤原義孝(ふじわらのよしたか)

「あなたといつまでも一緒にいたい」と詠んだ恋のです。

歌の意味

【現代語訳】

「あなたに会うためならば捨てても惜しいとは思わなかった命ですが、あなたとお会いできた今、末永く生きていたいとしみじみ思うようになってしまいました」

 

【わかりやすい現代風訳】

「あなたと会ったことで、長生きしたいと思うようになりました」

言葉の意味

【君がため】

あなたに会うためなら、の意。

「君」は、相手の女性、恋人を指す。

【惜しからざりし 命さへ】

捨てても惜しいとは思わなかった命までも、会いたいために命まで惜しくなった、の意。

【長くもがなと】

長くあって欲しい、長生きしたい、の意。

【思ひけるかな】

しみじみ思うことだ、の意。

詠み人紹介

50番歌の詠み人は、藤原義孝でした。

義孝は45番歌の謙徳公(藤原伊尹)の子で、双子の兄、拳賢(たかかた)と共に、目の覚めるような美男子だったそうです。

仏教を篤く信仰し、魚や鳥の肉は一生食べませんでした。

また、義孝の子、藤原行成三蹟と呼ばれる優れた能書家として有名で、後の実力者、藤原道長にも重用されていました。

62番歌の清少納言が百人一首の中でやり込めた相手貴族は、この行成のことです。

 

百人一首のこの歌では、愛する人に出会ったことで長生きしたいと歌に詠みましたが、義孝自身は21歳の若さで亡くなりました。

兄の拳賢と同じく天然痘にかかり、兄と同じ日に亡くなったと言われています。

豆知識

義孝は「もう一度生き返ってお経を読みたいので、火葬にしないでください」と言い残して亡くなったそうです。

覚え方

【決まり字】

きみがため しからざりし いのちさへ

ながもがなと おもひけるかな

 

【覚え方・語呂合わせ】

君が(の)ために、(推)し 長も(萌)える

 

 

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